今月の日記です
12月1日〜12月31日

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大掃除どころではない
     12月30日(水曜日)くもりのち雨


嫁が出て行ってから息をつく暇もなかったが、やっと今日になって玄関に山と積まれた宅配の荷物や
孫たちの保育園のお昼寝布団など片付ける事ができた。
家中を掃除するのに、午前中いっぱいかかってしまい、とても窓ふきをするどころではない。
もう年内の大掃除は諦めた。
年賀状も100枚も買ってあるが、唯の1枚も書いていない。
私はこの頃やっと気持ちも落ち着いてきたが、まだまだ泣いてしまう事も多い。
きょうは息子がいたのでとても助かった。
りゅうはインフルエンザではなかったが、今度はさつきが昨日の夜に39度くらいの発熱をした。
息も荒いので、座薬を入れて寝かせたが今度はさつきがインフルエンザかと思い、息子に小児科に
連れて行ってもらったけれど、反応が出ないので、そのまま咳止めを飲むようにと言われた。
そしてきょうの夕方、さつきのおむつを換えようとしたらおしっこの穴から膿が出ていてびっくりした。
もう小児科はやっていないので、救急病院へ連れて行ってもらったら、良くわからないけど水分を
沢山取って、熱が下がらなければ3日後に診せてと言われたそうな。
薬は変更になって、今までの薬は飲まないようにと言う事だ。
さつきの熱はこれが原因だったとわかったが、一難去ってまた一難。
どこまで子供たちの体調不良は続くのか。
それにしてもさつきは元気だ。
熱は38度前後だけれど、夜抱いて寝せようとしても全然寝ない。
りゅうが「さつきがうるさくてねむれない」と言うので、りゅうを寝かせた後さつきを連れて起きてきた。
そして何日間かかけて書き続けた、『日記まとめ書き』が、やっと終わった。
私たち大人は嫁のいない環境に自然に慣れてきて、息子も家に帰ってきたらずっと子供たちの側に
いるし、私の事も良く手伝ってくれる。
けれど子供たちにはどうだろう?
りゅうは今でも私に聞く?「ママはどうしてかえってこないの?」と、「さあ、どうしてだろうね」と私が言えば
「こうつうじこにあったんじゃない?それでたいいんしてるんだよ」「それは入院の間違いでしょう?」と、
答えたが、私はりゅうの言う理由に、反論しないようにしたいと思う。
ゆづきには熱の高かった頃が、ママの居ない限界だったようで、すごく荒れたけれど熱が下がると
同時に少し落ち着いてきた。
きょうも昼間はよくお兄ちゃんやさつきと遊んで、寒い中外に出て行ったりと元気よく走り回っていた。
私も子供たちのいじらしさに泣ける事は有っても、不意に涙が出てくるような事はなくなった。
来年は子供たちに幸多かれと祈るばかり。



ゆづき3歳の誕生日
     12月20日(日曜日)晴れ

  ゆづき3歳の誕生日です。
例によってさつきはケーキが気になる様子。
 皆でハッピーバースデーを歌います。
 
   さぁ!ゆづちゃん、ろうそくの火を消してネ。
 りゅうが「たんじょうび、おめでとう」と言えば
ゆづきがありがとうと手を振る
 
  「ゆづちゃん、何歳?」
「さんさい」と指を折るがちょっと残念。
パパがお仕事から帰ってきた。
皆が駆け寄って、一斉にパパに抱きついた。
パパもとっても嬉しそう。 
 
12月16日の夜10時に嫁が、3人の子供を置いて出て行った。
私と嫁はお互いに仕事をしているので、最初に家事の分担を決めた。
私が洗濯をして干し、たたんでめいめいの引き出しにしまう。
その日の夕食はお惣菜の焼き鳥を温めた物と、お味噌汁。
それからカキのバター炒めを作って食卓に出した後、自分はさっさと食べてまだ子供たちが食べているのに、面倒をみるでなくパソコンに向かった。
子供たちが食べ終わった後に、私が食器を流しに運び、主人が3人とも風呂に入れて、私と嫁とで3人の子供たちを風呂から上げた。
そうして私が風呂に入っている時に、主人がラーメンを作ろうと思ってキッチンを見たら山積みの食器だったので、「こんな事をしておくんならおれがやる」と言い「私がやるから置いててください」と嫁が
言い返し、主人がやるのを制して自分で片付けたようだ。
その直前に一度「流しを片づけてからパソコンをやったらどうや」と言ったのに、やっていなかったので主人が切れて、言い争いになったらしい。
それが、ところどころ聞こえてきたので、大体の想像はついたけど、私は風呂から上がっても何も
知らないふりをしていた。
なぜなら、、私も同じ事を思っていたから。
たまに口に出して言う事もあったが、長続きしなかった。
その日だけなら、主人も声を荒げて叱る事はなかっただろう。
嫁は半年ほど前から仕事に行き出したが、ここ3カ月くらいはホントに目に余る生活態度だった。
嫁はその2日前に、仕事で他の人のデザインが、選ばれた事でかなり落ち込んでいた。
「おかあさん、悪いんですけど、こんな時におまえは駄目だとお父さんに言われたので、出て行きます」
と言ったと思ったら私が止める隙もなく、玄関を飛び出して車に乗って出て行った。
私はしばらくしてから実家の母親に電話をして、そちらに行くかもしれないからよろしくと伝えた。
腹立ち紛れに出て行っても、その内子供恋しさに帰ってくるだろうと、私は高をくくっていたが事態は
そんな簡単なものではなかったようだ。
それからの生活は日記まとめ書きに記述する。



日記まとめ書き
    12月28日(月曜日)雨のちくもり


嫁が家を出て行ってから、この10日余り私たちの生活はとても大変なものだった。
ひとつ屋根の下に住んでから、この5年間私には自慢の嫁だった。
才能があって美しく聡明で、明るく活動的で会う人を魅了してしまう、そんな子だった。
1人息子を持つ私には、娘ができたようで本当に彼女がかわいかったし、相性もとても良くて嫁姑の
諍いなど唯の一度もなかった。
勿論小さな不満があったが、それはお互い様だろう。
いつもどちらか一方が、我慢を強いられるという事はないのだ。
料理も上手で良くわけのわからない創作料理を食べさせられたりもしたが、魚を一尾買ってきて
刺身を作ってくれたりもした。
でも半年前に勤めに出たころから、歯車が狂ってきたのかもしれない。
願ってもないWebデザインの仕事で、パソコンで好きなイラストやデザインをする、またクライアントに
会って打ち合わせやディスプレイなどもする、彼女にはこれ以上の仕事はないと私たち家族は、心底
喜んだ。
彼女も会社でぐんぐんと成績を伸ばし、社長始め周りのみんなに可愛がられて、生き生きと水を得た
魚のようだった。
私たちはお互いに仕事をしている身なので、家事を分担して行い、ちゃんとバランスが取れていた。
ところがこの2~3か月前から、彼女の様子がおかしくなった。
1月に1度と言わず、趣味の写真の撮影と称して、明け方前から夕方まで息子に子供3人を預けて
1人で出かける。
趣味の他にも会社の用事だの、だれかのイベントの手伝いなどと、子供を置いて出かける事が
重なったので、私は苦情を言ったが息子が出かけるときは彼女1人で子供たちの面倒を見ているので
私達に迷惑をかけないように、息子に言っておくと言う。
私の言いたい事はそういうことではなくて、子育ての時期にはどこに行くのも子供連れで、そこまで
自分の趣味を優先されては困るという意味だったが、彼女は父親と母親の役割は5分5分だと思って
いたのだろう。
最近では、夕食の支度をしたら子供が食べているにも関わらず、さっさとパソコンの前に座り込み
寝るまでパソコンに向かっているが、携帯電話で喋っているか、メールを打っている。
寝る時間になると一番下の子だけを連れてさっさと寝に行くから、「流しを片づけて行ってネ」と声を
かけるようにした。
朝もぎりぎりに起きてきて、子供を起こして食卓につけたら、それから保育園の持ち物を準備するので
夜の内にやって置いたら?と言った事もあるが、何だかんだと朝になり、当然の結果として忘れ物が
多くなった。
そして一言言った結果が、下記のとおりである。



りゅうが…
12月18日(金曜日)

嫁が出て行っても、どこに何があるか分からずに困るという事はなかったが、女2人でやってた事を
私1人でやらなくてはいけないので、体力的にはかなり辛いものがある。
りゅうは大きいので、この状況を不審に思っていて、何度もママはどうして帰って来ないの?と聞くから、「ママはりゅうやゆづきやさっちゃんより、お仕事が一番好きなの。ママがいなくても、大丈夫だよね」と聞いたら大丈夫じゃないって、布団をかぶって泣くから、私は嫁が出て行ってから初めて泣いた。
彼女には、子供たちにこんな思いをさせて居ることがわかっているのだろうか。
息子とは連絡がついたようで、どうなの?と聞いたら「怒っていた」というから、「なんでお父さんに叱られ
たのか、自分が何をしたのか反省しなければ、帰って来なくて良い」と息子に言った。
彼女の母親から、子供たちが不憫で胸が張り裂けそうですとメールをもらったが、私も同じ思い
だった。

嫁へのメール
12月20日(日曜日)


私は嫁が居る時からゆづきもりゅうも私と寝たがるので、ずっと一緒に寝ていたので、寝るのに困る
と言う事はなかったが、りゅうが寝る前に「ママはどうして帰ってこないの?」と聞くから「遠い所に
行ったのよ」と答えた。
「僕が5才になっても?6さいでも?大人になっても?」と尋ねる。
「そうだよ。でもりゅうはおにいちゃんだから、頑張れるよね」と言ったら「うん!わかった。でもママが
いなくてさみしい」と布団をかぶって声を殺して泣く。
その日の昼にママの事を聞かれたから、「りゅうはどうしてママが出て行ったと思うの?」と逆に聞いた
ら、「うんとネ、パパとおうちがきらいになったからだとおもう」と答えた。
「どうしてそう思うの?」と聞いたら、「ママがおわかれのときにそういってたよ」と言う。
衝動的に出て行ったのかと思ったら、りゅうにはちゃんとお別れを言って出たらしい。
ゆづきはあれから一言もママと言わないけど、りゅうのそばで聞いてて、同じように布団にもぐって
「ママ、だいすき」と言いながら、クスンクスンと泣いた。
子供が泣くから私も泣いた。そしてその悲しみは憤りに変わった。
私からは一切連絡しないつもりだったが、嫁が出て行ってから初めてメールを書いた。
私も彼女の母親も、子供達が不憫で毎日泣いている事。
人を非難する前に、自分がした事を頭を冷やして良く考えてほしい事。
家の鍵と息子の銀行のキャッシュカードをすぐに返して欲しい事。
それから彼女のお金の使途の不明なこと。
子供達が混乱するから、会わないでほしい事(勤務地がすぐ近くだから会おうと思えばいつでも会える
距離に居る)何の罪もない子供達が、声を殺して布団をかぶって泣くのを見て、悲しみと憤りで
メールを書いた事。
主人が言わなければ私が言っただろう、、最近の彼女はホントに子供の面倒を見ていなかったこと。

今思えば厳しすぎる言葉だったかもしれないが、私はとても疲れていた。
夜はうつうつとして眠れず、やっと寝付いたと思ったら、子供たちが泣いて目が覚める。
ゆづきはママが出て行って3日目から夜泣きが始まった。
「どうしたの?」と聞いても、わけも言わずに、ただ「うん!うん!」と怒って足で宙を蹴って、泣きわめく。
私は起こされて眠れないまま、彼女の母親と夜中までメールをして、子供たちの心のケアをどうする
か、話し合った。

ゆづき発熱
12月22日(火曜日)

21日(月曜日)に1日の勤務が終わってから、子供たち3人を新型インフルエンザの予防接種に連れ
て行った。
接種の前日からゆづきは咳と鼻水があったが、熱がないので大丈夫でしょうと言う事で3人とも
接種をうけた。
ところがその日の夜にゆづきが38,5分くらいの熱を出し、さつきは鼻水を出し咳をするようになった。
そしてきょう小児科を受診したが、接種とは関係ないでしょうと言われた。
ゆづきは朝にはいったん熱が下がって元気になったが、さつきがひどく咳込むようになった。
夜は息子と一緒に2階に寝に行ったが、すぐに戻って来てさつきが咳上げたという。
ベッドが吐物でいっぱいだと言うので、私はさつきをきれいにしてから着換えさせた。
汚れた物で古いものは捨て、買ったばかりだという息子のシャツは吐物をきれいにして、洗濯機に
入れた。
再び息子に連れられて2階に行こうとするさつきが余りにかわいそうで、「ばあちと寝る?」と聞いたら
「うん」とうなづいたので、主人の部屋にシングルの布団を2組敷いて、孫たち3人と一緒に眠ることに
した。
子供たち3人を小児科に連れて行った後、薬局へ寄った。
私は「ばあちは一つだけ欲しいものがあるから、それを買ったらすぐに帰ってくるから、車の中で
3人で待っててくれる?りゅうお兄ちゃんだから、お願いね」と言ったら、りゅうは「うん、わかった」と
言ったがゆづきは半ベソをかいていた。それでも3人をチャイルドシートから下ろしたり乗せたりする
より、はるかに速いので、車を降りて走って行った。
レジが少し混んでいたので、はらはらしながら待ってすぐに子供たちの所に飛んで帰った。
ゆづきは私の顔を見ると不安そうな顔が一変して、ぱあ〜〜っと明るくなった。
りゅうが「ぼくが、ばあちはぜったいかえってくるって、いったんだよ」と誇らしげに言う。
「そうか、絶対帰ってくるって言ったんだ。」と私はまた涙ぐむ。
りゅうはどんな気持ちで必ずと言ったのか…それを思うだけで胸が張り裂けそうになる。
この頃の私は泣いてばかりいた。

嫁の母親や姉が、子供達を気にして毎日色々な食べ物を運んでくれるの。
この日も食べるばっかりの鍋の材料とスープまで用意して後は、火にかけるだけの状態で運んで
くれた。
人の情けが身に沁みて彼女の姉の顔を見たら、何も言葉にならず泣いてしまう私だった。
彼女からは当然のようにメールの返信はなく、私が何か言ってきた?と息子に聞いたら「母親に
嫌われた子供はぐれるので、ちゃんと理由を説明して」と言われたらしい。
あなたが嫌いになったから離婚したいだけでで、子供が嫌いになったわけではないし、仕事を選ん
だわけでもないと言って欲しい」と言われたらしい。
勿論お腹を痛めた子供が可愛くないわけはないだろうが、デザインで負けた日に余りに落ち込んで
「私には生きている価値がない」とブログに書いてあったから、「子供の親と言うだけで生きている
価値があるんだよ」と言ったら「子供の親だけでは生きられないんです!」と答えたので、私は彼女は
今仕事が面白くて、趣味が楽しくて、子供や家事が足かせのように重いと感じているのだと思った。
新しい職場には、カメラやフラッシュやホームページ作成のプロフェッショナルが揃っていて、見る物
聞く物すべてが新鮮で輝いて見えたのだろう。
その反面、自分の今の生活が急に色あせて見えたのではなかろうかと、私は思う。
息子には、3ヶ月くらい前から離婚したいと言っていたようで、子供たちがもっと大きくなってからとか
さつきが3歳になってからとか、二転三転して最近では今すぐにでも別れたいそぶりだったという。
彼女の母親は、悲嘆にくれて会社に娘に会いに行こうか、会社の社長に会って話をしようかと思いを
巡らせているようだったが、彼女自身が反省しなければ無理に連れ戻しても元の黙阿弥で、お互いに
わだかまりを残したままでは上手くやれないから、今すぐ帰ってもらうつもりはないと私は言った。

さつきがぐずるので、ソファに座って抱いていたらすぐに眠ってしまった。
その柔らかさと重さが愛おしくて私は、子守歌を歌いながら泣いてしまった。
主人がそれを見て「泣くな」と言うから、「泣きたくて泣くんじゃないの。涙が勝手に出てくるのよ」と答え
たが、あれほどママッ子で、ママが居ないとすぐに2階に捜しに行ってたさつきが、あれから唯の
一言も「ママ」と呼ばないし、捜そうともしない。
あの小さいからだと心で何を思って耐えているのだろうと、さつきの笑顔を見るたびに泣いてしまう。

Chiちゃんと一緒
12月23日(水曜日)


私は祭日出勤で、仕事を終わって帰ってきたら嫁の姉のTiちゃんが、自分の子供2人を連れて
遊びに来てくれていた。
きょうはお昼から遊んでもらっているんだよ。と主人が言う。
子供たちは大はしゃぎで「Chiちゃん、Chiiちゃんと」と付いて回る。
Chiiちゃんは、イベント会社に勤務していたこともあって、子供たちを遊ばせるのが上手だ。
私はChiちゃんの子供たち(3歳、1歳)が「ママ、ママ」と呼ぶのを見て、子供たちがママを恋しがらない
かと心配したが杞憂のようだった。
Chiちゃんが用事で一瞬外に出た時、3歳の娘のSayちゃんが「ママ、ママ」と捜して廊下に出たら
さつきも一緒に「ママ、ママ」と2階へ上がって行こうとする。
私はハッとしたが、Chiちゃんが外から帰ってくると、私を見てにっこりして「ママいたね〜。」と、
とても安心したような顔をしたので、わたしはさつきがいじらしくて抱きしめてしまった。

クリスマスイブ
12月24日(木曜日)

  きょうはクリスマスイブ
ゆづきの誕生日でケーキを食べたばっかり
なのに、さつきはやっぱりケーキが
大好き!!( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
 きょうは大好きなパパも一緒で
皆、嬉しそう…たまたま写真の撮り具合で
2人とも不機嫌に見えますが(;^_^A
 
クリスマスのケーキを食べ終わる前に、ゆづきが急に不機嫌になって泣きだした。
私が抱いてどうしたの?と聞いてもわけも言わず、夜泣きの時と同じように私を叩くわ、宙を足で
蹴るわして、手がつけられない。
私はギュッとゆづきを抱きしめて、「ゆづちゃん、ママが居なくて寂しいんだよネ?ゆづちゃんは
何にも悪くないよ。悪いのはママだから、ゆづちゃんは泣きたいだけ泣いたらいいの。寂しかったら
寂しいと言えば良いよ。ママが恋しかったら我慢しなくて良いの」と私もボロボロ泣きながらそう
言ったら、「ママがいい〜、ママがいい〜」と言いながら、ゆづきはしばらく泣いていた。
主人が「せっかく忘れている物を思い出させるな」と言うから、「忘れるわけがないでしょう?!
こんな小さな体で、我慢させる事はないの」と私もむせび泣きながら答えた。
でもこの日からゆづきの夜泣きがピタリと止まったので、どんなにか我慢していたのだろう。
子供は大人の雰囲気を察して喋っちゃいけない事、口に出しちゃいけない事が本能的に、わかって
しまうのだろう。
りゅうには、ママの事を聞きたかったらいつでも言ってね。ばあちはちゃんと教えてあげるから」と
言ったら、「うん、ありがとう」と私の顔を挟んで抱きついてきたがそれっきり何も言わなかった。

ゆづき発熱
12月25日(金曜日)


昨日、寝る時間になってゆづきの息が荒いので、熱を測ってみると39度4分あった。
この1週間咳や鼻水など3人とも体調を崩していて、夜中に咳込んだり吐いたりしていたがついに、
ゆづきがインフルエンザにかかったか!
インフルエンザなら、すぐにでもタミフルを処方してもらった方が良いので、羽島市民病院に
連れて行ってもらったが、小児科で薬をもらっているし今できる事は何もないので、様子を見て
下さいと帰された。
私は座薬を入れてゆづきの熱を下げ、翌日主人に頼んで小児科に連れて行ってもらった。
結果はやっぱりインフルエンザとのことだった。
熱も心配だが、肺炎にならないだろうかと言うくらい咳がひどいのが、気になる。
  それでも夜にはこの通り、熱も下がって
とっても元気。
「りゅうのすけ、だいすき!」と言って
抱きつき、2人でじゃれあっている。
長かった1週間
12月27日(日曜日)


今週の火曜日に休んだが、そのあとの4日間がとても長く感じられた。
きょうはやっと日曜日で、少し片づけものもしたいけど、何から手をつけていいかわからないくらい
散らかっている。
子供たちは1人遊びをしなくなり、私の姿がちょっとでも見えないと「ばあち!ばあち!」と泣きながら
捜して回り、さつきやゆづきに至っては、トイレにまで付いてくるようになった。
そんなわけで通常の家事に加えて子供との時間を沢山取られるようになり、玄関や廊下に宅配の
荷物が山積みになってしまっている。
それに眠れなくて、体が疲れているのでしゃきしゃきと動き回る気分でもない。
Tiちゃんが来てくれると言ったが、ゆづきがインフルエンザなので、子供たちも心待ちにしている
けれど、しばらくは来ない方が良いと言った。
そして子供たちは昼間はとっても元気に過ごしたが、夕食が済んで寝る時間になって今度は、
りゅうが咳あげた。
私はりゅうを抱いたまま吐物をかぶり、裸にしてシャワーをした。
りゅうはとても不機嫌で理由を聞いても泣くばかりだったが、体が熱いので熱を測ったら39.4分
あった。
座薬を入れてしばらくすると熱も下がり良く眠ったが、これはもう完全にインフルエンザだと思い、
翌日は息子に半日休んでもらって、りゅうを小児科に連れて行く事にした。

一足早い正月休み
12月28日(月曜日)


私の休みは30日からだったが、こんなに次々と発病するなら主人1人の手に負えず、急遽29日から
の休みを願い出て許可された。
幸いりゅうはインフルエンザではなかったので、今発熱していないさつきも大丈夫かなとホッと
胸をなでおろしたところだ。

先週23日に嫁のブログを見たら、写真展に行った事が書かれてあり、誰先生の写真が素晴らしいと
感動を伝えていた。
ブログを訪れた人のコメントに「本当に元気そうな蒼さん(ハンドルネーム)を見て安心しましたとの
書き込みもあり、私はブチ切れた。
子供たちや彼女の母親や、私たちがこんなにつらい思いをしているのに、「あなたは元気そうで
良いですね」と書き込んだ。
ゆづきが熱を出した事、苦しい息の下で一言「ママ」と呼んだけど、それっきり何も言わなかった事、
さつきが時々間違えて姉のChiちゃんをママと呼ぶ事など、怒りにまかせて書きこんだ。
写真の感性が素晴らしいとか、良い事ばかりの書き込みを見て、私は彼女が子供を置いて出て行く
様な人だと彼女のブログを訪れる人に知らしめたかったのだ。
けれど、憎しみは憎しみしか呼ばず、その書き込みはすぐに削除されたが、こうコメントを付けた。

『家族がブログを荒らして申し訳ありません。
窓口は本人同士だけで結構です。
事情を知らない方々がかき回すのはやめてください。
後、何事にも10対0の話はないと思います。
でも対応を見ていると、そちらに非はないのですネ^^
それが不思議です。』
一部割愛

それを見た人に私を含めて15件の反響があった。
最初の私の書き込みを見た人が、子供を置いて出るなんて母親のする事ではないと言い、
またある人は、夫婦仲が悪いのに、一緒に居る方が子供のためにならないとか、父親のDVで
幼稚園の時、ママがいれば良いと言って家を出たなどと、嫁を擁護する書き込みがあった。
家にはDVはなかったし、嫁姑も仲が良かったと言えば、彼女の友人が私とは良くてもおとうさんは
どうだったの?と聞いてきた。おまえは駄目だと言われれば誰だって家を出たくなると…。
前述の嫁を擁護した人は、私の事をを正義漢ぶって公開処刑を始めた者として不愉快極まりない
と、発言した。
そんな風に収拾がつかなくなったブログの最後の書き込みを、Chiちゃんがしてくれた。
私は妹もおじさんおばさんもとても大切に思っている。
こんな風に批判し合ったら、元に戻るものも戻らなくなるので、もう止めようという内容だった。

そして、また嫁の書き込みがあった。

『衝動的に家を出ましたが、戻るつもりで居ました。
でも、家を出て2日目くらいで鍵を返せと言われ、荷物を取りに行ったら留守中に家に入るな、気分
が悪いと言われ、子供には会わせないといわれ、でも大事な話はしないと逃げられ、いまでも
逃げたまま話はしてもらえていません。
子供を連れて出ますので、子供を置いて・・・!とおっしゃるなら、わたしの大事な子供を3人、
連れて行かせてください。』
一部割愛

私はこの書き込みを見て悲しくてつらくて、涙が止まらなくなってしまった。
私はただ彼女が自身のしたことを、少しでも反省して帰る気になってくれたらと思って、メールを
書いたが、私のした事はすべて裏目裏目に出てしまったようだ。
彼女の家出は、この程度の物だったのか。
結果として私が子供たちから母親を奪ってしまったように聞こえるが、彼女の中ではパパとママが
一緒に暮らすという選択肢は最初から無いようだ。
どの道どちらか一方としか、子供たちは暮らせないのだ。
息子に聞いたら離婚したいの1点張りで冷静な話し合いなどできないから、無視しているのだと
言った。
彼女の離婚したい意思は固いようで、出て行ってから何日もしない内になんとなく家の様子が
おかしいので、2階に上がってみると、彼女の雑然と積まれていた着物がすべて運び出されていた。
箪笥の引き出しも全て空。
週日は仕事のはずなのにいつ来ていつ持って行ったのか、それは見事と言わざるを得ないほどの
手際の良さだった。
住所変更届出も早く、私がメールをした翌日以降、彼女の郵便物が一切届かなくなった。
こんなにも離婚を急ぐ理由が、子供を3人ももうけながら息子を嫌いになったからと言うだけなのが、
私には解せない。
息子から聞く彼女の言動は、とても彼女1人で子供を育てたい様には、聞こえない。
また私と主人で終日子供を見て、息子がいる日曜日はホッとできる一時だが、彼女一人でそれが
できるだろうか?
この2週間、子供たちはとても体調が悪く、夜もおちおちと眠れない日が続いている。
夜中に咳くので起きて背中を叩き、1人抱けば1人が泣く。
2人抱けばお互いに牽制し合って、大泣きになる。
そんな中でも仕事には行かなければならず、ここのところずっと食欲が落ちていて、私は体重を
2kg落とした。
家族で支えあっていてもそうなのに、彼女1人で3人の子供をどう育てると言うのか?



なまずや
    12月6日(日曜日)晴れ


今年は一寸も冬らしくない気候だが、さすがに12月になると風が冷たく、晴れていてもすぐに曇って
しまう。
昨日雨だったので、朝から沢山の洗濯をして、嫁は昨日から一泊二日の旅行なので、順番に起きて
くる孫たちに朝食(と言ってもパンと果物だけだが)を食べさせて、息子がDVDを観せながら遊んで
いたので、昼食はうなぎを食べようと誘ったら、喜んで行くという。
お店ウォッチングに戻る  長焼き定食

そこらじゅうになまずやは有るけれど
羽島のこのなまずやは、この近辺では
絶対一番の味だと思う。
身はしっとりとして柔らかいのに、皮がぱりっと
香ばしくて味付けもしっかりしているが
から過ぎず、甘すぎずで本当においしい。

ただ残念なのは鯉のあらいがきりっと
冷たくない事。
味噌の味はとってもいいのにな…。ホント残念!
 ひつまむし

孫たちにと思って注文したがりゅうは白いご飯と
うなぎが良いそうな。
で、私のうなぎをわけてやった。
 
  うな重

ゆづきが「ごはんをください」と
催促する(*^m^*) クスクス
 海老フライ

過日に友人と一緒にお昼を食べた時、
とってもおいしかったので頼んでみた。
息子とゆづきと私で1本ずつ分けた。

お店ウォッチングに戻る
 
  りゅうは写真を撮られるのが大好き。
カメラを向けるとすぐにこちらを向く。
りゅうはホントにうなぎ好きで、ウナギばっかり
食べている。
私のを半分と、ひつまむしのうなぎを少し取って
あげたのにまだ足りないと催促する。
 ゆづきも上手に食べます。
この頃よく食べるので
ほっぺがちょっとふっくらとしてきた。
 
  で、さつきはと言うと寝てます(^∇^) アハハ!
車の中で眠ってしまっていくら起こしても
起きないので、とりあえず寝せておいた。
 皆の食事が終わってからさつきを起こして
パパが食べさせたが、ふた口くらい食べた後、
いくら言っても口を開けない。
 
  で、パパが自分で食べるの?と聞いたら
「うん!」 と言って、スプーンを持ち一生懸命
食べだした。
寝起きで状況が飲み込めないらしく、時々周りを
きょろきょろと見回していた。
昼食が済んで家に帰ったらもう2時だった。
孫たちは息子が見ているので、私は久しぶりにパソコンに向かう事が出来た。
嫁が居ない二日間はどれほど大変かと思ったけど、孫たちはとてもいい子で留守番できたし、皆が
協力して孫を見てくれたのでなんということなく終わった。
そろそろ嫁も帰ってくるだろう。



ひと足早いクリスマスプレゼント
        12月5日(土曜日)雨


きょうは嫁(この日記を読んで頂いている方には、今までポン吉と呼んでいましたが、ホームページの
リニューアルに伴ってハンドルネームを変えたらしく、これからポン吉と言う名は使わないという事
なので、私もハンドルネームを使うのをやめます)が社員旅行で留守なので、3人の孫たちと息子との
5人でイトーヨーカドーに行った。
孫たちの冬のパジャマと下着を買ったが、4歳のりゅうと、もうすぐ3歳になるゆづきも自己主張が強く絶対に自分の気に入った物しか欲しがらない。
プリキュア大好きのゆづきにプリキュアの下着を買ったが、うっかり長袖の方の柄を見せてしまったら
そちらが気に入って半袖の方は「これはさっちゃんの!」と言って、大泣きをされてしまった。
それでも長袖を買う気はないので、泣かせたままりゅうと2人でりゅうのパジャマを買い、さつきの分も
買った。
ゆづきにはプリキュアのパジャマがあったが、色がブルーしかなくまたもや「ぴんくがいい!!」と
言って泣き、ついにプリキュアをあきらめてひらひらのパジャマを買った。
それから昼食をしようと、レストランに言ったら満員で記名をして待っている間、息子に孫たちを頼んで
私は自分の服を買いに行った。
スカートを試着していると電話が鳴ったので、それを購入してレストランに行き皆で食事をした。
  りゅうは、
いつものぶーぶーランチでごきげんです。
さつきもきょうから、兄ちゃん、姉ちゃんの
仲間入りy(^。^)y
ぶーぶーランチでごきげんです。
 
  お子様ランチは量もちょうど良くて
みんなが完食できた。
ゆづきは私が残したスープをランチの皿の上に
乗せて飲んでいる。
「おいしい?」と聞いたら「おいしい」と
満面の笑顔で答える。

そんなことならもっと残してあげれば良かった。
最初にあげたときは熱かったから嫌な顔を
して食べなかったのネ(^_^;)

ゆづきが遠くからさつきにスープを食べさせようと
腕を伸ばして口に入れてあげる。
ゆづきは人に食べさせるのが大好きな様だ。
昨日もパパにカレーを食べさせていたが、
お腹がいっぱいで「もう良いよ」と言っても
「まだあるよ!ぜんぶたべるの。」と言って
許してもらえないそうな(*^m^*) ムフッ
 
  ご飯の後はやっぱりキッズランドですよねぇ。
でもゆづきは今日は朝から機嫌が悪くて
パパと一緒に行くと言って、息子の買い物に
ついて行った。

アンパンマンの乗りものでは、輪の中の
リングを伝って降りてくるボールが気になるようで
2人とも一生懸命見ていた。
 
 こちらはアンパンマンのゲーム乗り物。
ハンドルを使って火を消すのだが、さすがに
この年齢では上手くいかない様子。
ゲームの後から出てくるカプセルをりゅうが
取って出た後、さつきが手を入れて一生懸命
探していたので、その前に出てきて預かって
いたものをこそっと入れてやると
とっても喜んでいた(^。^)
 
  お昼前から夕方まで良く歩いたのですっかり
疲れたのか、家に帰る途中の車の中で
ポップコーンを食べながら眠ってしまったさつき。
目は自然に閉じていくのに、手はしっかりと
動かしてポップコーンを取って口に運んでいる。
が!ついに力尽きて眠って
しまった(*^m^*) ムフッ
 
夕食は昨日嫁が作ってくれたカレーライスを皆で食べた。
いつも夜寝るのが遅い孫たちだが、りゅうは9時には私のベッドで自然に寝てしまい、さつきも家に
帰ってすぐに目が覚めたので、りゅうを主人のベッドに移した後、抱いてやるとすぐに眠った。
先日も私のベッドで眠ったりゅうを動かしたら、朝になって「ぼくばあちのべっどでねたのに、なんで
じいちゃんのところにいたの?」と聞かれてしまった(;^_^A
りゅうとしては、ちょっと不本意らしい( ̄m ̄〃)ぷぷっ!